浦和地方裁判所 昭和62年(行ウ)1号 判決 1992年5月25日
埼玉県所沢市下安松一七八五番地
原告
児玉鉄男
右訴訟代理人弁護士
村井勝美
同
大久保和明
同県同市所沢五〇〇番地
被告
所沢税務署長 武石栄八
右指定代理人
渡邉和義
同
杦田喜逸
同
萩原一夫
同
菅村敬二郎
同
由井正昭
同
水品雅文
同
山畑正
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し昭和六〇年二月二〇日付けでした原告の昭和五六年分、同五七年分及び同五八年分の所得税に係る更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各更正処分」及び「本件各過少申告加算税賦課決定処分」といい、両者を合せて「本件各課税処分」という。ただし、昭和五八年分については国税不服審判所長の裁決により取り消された部分を除く。以下、同じ。)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、コンクリート打込みのための型枠取付け工事の請負を業とする、いわゆる型枠大工であるが、昭和五六年分、同五七年分及び同五八年分の所得税について、別表1「課税処分等経過表」記載のとおり、それぞれ、法定の申告期限までに所得金額及び所得税額の確定申告をした。
2 これに対して、被告が本件各課税処分をしたので、原告は昭和六〇年四月五日、異議申立てをしたが、被告は同年七月四日付けでこれを棄却する旨の決定をした。
3 そこで、原告は同年三一日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同審判所長は同年一〇月一三日付けで別表1「課税処分等経過表」記載のとおりの裁決をし、その裁決書は同月二九日原告に送達された。
4 しかしながら、本件各課税処分はその賦課手続及び内容のいずれにおいても違法である。
よって、原告は被告に対し、本件各課税処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし3の事実はすべて認める。
三 抗弁
本件各更正処分は推計課税の方法によったものであるが、その経緯と根拠は次のとおりである。
1 推計課税の必要性
(一) 原告は、青色申告書以外の申告書によって確定申告をした、いわゆる白色申告者であるが、被告は、(1)その確定申告書にはいずれの年分についても所得金額は記載されているものの、収入金額と必要経費の記載がないため、所得金額の算出経緯が不明であり、その算出基礎に疑問が持たれた、(2)そのうえ、申告所得金額が他の同業者のそれと比較して過少であると認められた、(3)過去数年間原告に対する税務調査を行っていなかった、などの事情から、原告の前記各年分の所得税について調査を行う必要があると認め、村山義次係官(以下「村山係官」という。)にこれを担当させることとした。
(二) そこで、村山係官は昭和五九年九月一三日、原告宅を訪問し、原告の妻・タミ子から原告の事業内容等を聴取し得たものの、原告が不在であったため、それ以上の調査はできなかった。
その後、村山係官は、原告が面接日として了解した同年九月二一日、再び原告宅を訪問したが、原告は、埼玉土建一般労働組合所沢支部事務局の中島計司及び鈴木某ら五人を調査に立ち会わせること、調査理由を個別的、具体的に開示するよう要求した。これに対し村山係官は、原告に対して立会い権限のない右五人の者を退席させるよう求め、申告所得金額を帳簿書類から確認したい旨の申入れをしたが、原告は、その要求が容れられなければ、帳簿書類は提示しないと主張し、調査に協力しなかった。
(三) そこで、村山係官は原告の言葉や態度から、協力はとうてい得られないものと判断し、原告の取引先等を調査して収入金額を把握する一方、昭和六〇年一月一九日に再度原告宅を訪問し、帳簿書類の提示を求めたが、原告は、右中島を立ち会わせ、反面調査が不当・違法であるとの自説を主張して右求めに応ぜず、調査に協力しなかった。
(四) その後も引続き原告からの協力は全く得られなかったので、被告は、とうてい帳簿書類等に基づいた実額による所得金額の把握は不可能であると判断し、反面調査によって判明した収入金額を基礎として所得税法第一五六条に基づき各年分の原告の所得金額を推計によって算出した。
2 所得金額の算定根拠
(一) 昭和五六年分について
昭和五六年分の事業所得の金額は次表のとおり四七八万五一六九円である。
<省略>
(1) 収入金額 三七八七万五五九六円
収入金額は有限会社山上工務所分三七八三万九五九六円と岩下勝弘分三万六〇〇〇円との合計額である。
(2) 所得金額(事業専従者控除前)五一八万五一六九円
事業専従者控除額の控除前の所得金額は(1)の収入金額に後記(5)の同業者の平均所得率一三・六九パーセント(別表2「同業者率」の昭和五六年分)を乗じたものである。
(3) 事業専従者控除額 四〇万円
事業専従者控除額(所得税法第五七条第三項、昭和五九年法律第五号による改正前のもの。以下同じ。)は、原告の妻に係るものであり、原告の確定申告書に記載された金額である。
(4) 事業所得金額 四七八万五一六九円
事業所得金額は(2)の所得金額から(3)の事業専従者控除額を控除したものである。
(5) 同業者の平均所得率 一三・六九パーセント
事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額である(所得税法第二七条第二項)が、原告の必要経費が不明であることから、被告は、原告の事業所得の金額を算定するにあたり、次のとおり原告の同業者を抽出し、右同業者の平均所得率を計算した。
すなわち、被告は、原告の住所地のある埼玉県内に住所(納税地)を有する個人の青色申告者で、原告と同種の建築にかかるコンクリート型枠工事(型枠大工又は仮枠大工)業を営み、原告の事業規模と類似する者(収入金額が一八九三万円以上七五七六円未満の者、以下「同業者」という。)八人を抽出し、右各同業者の収入金額に対する所得金額(白色申告者である原告の所得金額の算出方法に合わせたいわゆる青色申告の特典控除前の金額)の割合の平均値(以下「平均所得率」という。)を別表2「同業者率」の昭和五六年分欄記載のとおり一三・六九パーセントと計算したものである。
(二) 昭和五七年分について
昭和五七年分の事業所得の金額は次表のとおり五八〇万五〇八七円である。
<省略>
(1) 収入金額 四〇九五万七六七〇円
収入金額は有限会社山上工務所分四〇四八万五六七〇円、岩下勝弘分四五万二〇〇〇円及び板金屋分二万円の合計額である。
(2) 所得金額(事業専従者控除前)六二〇万五〇八七円
事業専従者控除額の控除前の所得金額は(1)の収入金額に同業者の平均所得率一五・一五パーセント(別表2「同業者率」の昭和五七年分)を乗じたものである。
(3) 事業専従者控除額 四〇万円
事業専従者控除額は原告の妻に係るものであり、原告の確定申告額である。
(4) 事業所得金額 五八〇万五〇八七円
事業所得の金額は(2)の所得金額から(3)の事業専従者控除額を控除したものである。
(5) 同業者の平均所得率 一五・一五パーセント
昭和五七年分の同業者及び同業者の平均所得率一五・一五パーセントは、昭和五六年分と同様の方法により求めたものである(ただし、同業者の収入金額は二〇四七万円以上八一九二万円未満である。別表2「同業者率」の昭和五七年分参照)。
(三) 昭和五八年分について
昭和五八年分の事業所得の金額は次表のとおり六一九万七八〇四円である。
<省略>
(1) 収入金額 四一一八万四七九五円
収入金額は有限会社山上工務所分四〇八六万四七九五円と新井工業分三二万円との合計額である。
(2) 所得金額(事業専従者控除前)六五九万七八〇四円
事業専従者控除額の控除前の所得金額は(1)の収入金額に同業者の平均所得率一六・〇二パーセント(別表2「同業者率」の昭和五八年分)を乗じたものである。
(3) 事業専従者控除額 四〇万円
事業専従者控除額は原告の妻に係るものであり、原告の確定申告額である。
(4) 事業所得金額 六一九万七八〇四円
事業所得の金額は(2)の所得金額から(3)の事業専従者控除額を控除したものである。
(5) 同業者の平均所得率 一六・〇二パーセント
昭和五八年分の同業者及び同業者の平均所得率一六・〇二パーセントは、昭和五六年分と同様の方法により求めたものである(ただし、同業者の数は七人であり、その収入金額は二〇五九万円以上八二三七万円未満である。別表2「同業者率」の昭和五八年分参照)。
3 推計課税の合理性
同業者の平均所得率(同業者率)を算出するに当っては、被告は、前記の該当同業者から、次の(1)及び(2)のすべての条件に該当する者全部を抽出し、これら同業者のそれぞれの収入金額に対する所得金額の割合を算出して、それを平均化したものであって、その具体的内容は別表2「同業者率」のとおりである。
(一) 対象年分
昭和五六ないし同五八年分
(二) 対象者(同業者)
(1) 右(二)の対象年分を通じて、建築にかかるコンクリート型枠工事(型枠大工又は仮枠大工)業を継続して営んでいた者であること
(2) 所得税青色申告決算書を提出していた青色申告者であること
(3) 災害等により、経営状態が異常であると認められる者以外の者であること
(4) 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立てを行って係争している者でないこと
(5) 年間収入金額が、昭和五六年分については一八九三万円以上七五七六万円未満、昭和五七年分については二〇四七万円以上八一九二万円未満及び昭和五八年分については二〇五九万円以上八二三七万円未満の者であること
この場合、被告は、前記の条件を満たす者全部を抽出したものであり、その選択及び収集過程に被告のし意が介在する余地はなく、また、これら同業者の抽出基準に合理性を有することはいうまでもないところである。
したがって、抽出した同業者に係る資料に基づき算出した同業者の平均所得率については正確性と普遍性とが担保され、これによる推計には合理性があるものということができる。
被告が本訴において主張する原告の事業所得の金額は、前記のとおり、昭和五六年四七八万五一六九円、同五七年分五八〇万五〇八七円、同五八年分六一九万七八〇四円であり、被告が本件各更正処分において認定した原告の事業所得の金額をいずれも上回るから、本件各更正処分はいずれも適法である。
被告は、国税通則法第六五条(昭和五九年法律第五号による改正前のもの)第一項に基づき本件各更正処分により納付すべき所得税額にそれぞれ一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額を過少申告加算税として賦課決定したものであるから、本件各過少申告加算税賦課決定処分は適法である。
三 抗弁に対する認否
1 抗弁1の(一)の事実のうち、原告が青色申告書以外の申告書によって確定申告をした、いわゆる白色申告者であることは認めるが、その余は不知。(二)の事実のうち、村山係官が原告主張の各日に調査のため原告宅を訪問したこと、原告が村山係官に対し埼玉土建労働組合所沢支部事務局の中島計司らを調査に立ち会わせること、調査理由を個別的、具体的に開示することを要求したことは認めるが、その余は不知。(三)の事実は否認する。(四)の事実のうち原告らが調査に協力しなかったことは否認、その余は不知。
原告は村山係官による調査に協力しないとの態度をとったことは全くない。昭和五九年九月二一日の調査においては、原告は、予め村山係官の来訪を知らされていたので、帳簿書類等を整理し、提示する準備をしておいた。しかし、村山係官は、調査の場に、中島計司らが同席していることを理由として、帳簿書類等の提示を受けながら、これを見ようともせず、帰ってしまったものである。
原告は埼玉土建一般労働組合の組合員であり、中島は当時と同組合所沢支部の書記局員であった。そのような関係から中島は原告を含む組合員に対し組合が作成した「所得計算整理簿」により日常的に記帳指導を行い、原告はその指導のもとに所得税の確定申告書や損益計算書を作成してきたのである。したがって、中島は原告のいわゆる記帳補助者に当る者であり、原告が村山係官に対し中島の立会いを認めるよう要求したのには合理的な理由がある。それにもかかわらず、村山係官が中島の立会いまでも認めることを拒絶したのは税務職員に与えられている調査権の濫用であって、違法な措置というべきである。
いわゆる反面調査は納税義務者の信用を著しく失墜させる行為であるから、ここには自と抑制の原理が働き、特別の必要性が存しない限り、反面調査をすることは許されず、その必要性なくしてされた反面調査は所得税法第二三四条に違反する。被告は、原告が村山係官による調査に協力しなかったことを反面調査の必要性があったことの理由としているが、前記のとおり、原告はそのような態度をとったことは全くなく、昭和五九年九月二一日の調査においては、原告が帳簿書類等を用意しているのに、村山係官は、あえて、これを見ようとはせず、その直後から、原告の取引銀行や取引先を訪問し、反面調査を行っているのである。しかし、この段階で反面調査を行う必要性はなかったのであり、被告がした反面調査は軽率であるばかりか、違法な質問検査権の行使というべきである。
以上の諸点に鑑みると、被告がした推計課税はその必要性を欠き違法である。
2 同2の(一)の事実のうち、岩下勝弘分の収入金額及び事業専従者控除額は認める。有限会社山上工務所分の収入金額は三七八三万九五九六円ではなく、三七七二万二〇九六円である。その余は不知。(二)の事実のうち、岩下勝弘分及び板金屋分の収入金額並びに事業専従者控除額は認める。有限会社山上工務所分の収入金額は四〇四八万五六七〇円ではなく、三八九九万〇〇七〇円である。(三)の事実のうち、新井工業分の収入金額及び事業専従者控除額は認める。有限会社山上工務所分の収入金額は四〇八六万四七九五円ではなく、四二二五万三八九五円である。その余は不知。
3 同3の主張は争う。
被告が同業者の平均所得率(同業者率)を算出するために抽出したとする同業者は、原告の住所地を管轄する所沢税務署の管内には存在していない。そればかりか、大宮、川越、東松山、秩父、本庄、行田などの各税務署の管内にも原告と同じ型枠工事の請負業者は存在していないのである。被告主張の七人ないし八人の同業者は無理をして集めた資料から抽出したものであり、これらの同業者のそれぞれの所得率から平均所得率を算出しても、それは一般に推計課税が合理的であるために必要とされる「真実の所得に近似した数値が算出され得るような客観的なもの」とはとうていいえない。とくに、右同業者はいずれも所沢税務署管内に住所地を有しておらず、これらの同業者のそれぞれの所得率から算出した平均所得率には地域によって生ずる特殊性が全く考慮されないことになる。同業者の数も七人ないし八人という僅かなものであり、しかも、そのそれぞれの所得率には最小七・八二から最大二六・四二までおおよそ同業者とはいえないほどの著しい開きがある。そればかりか、これらの同業者の間には事業場の近接性、事業規模の近似性も存しないのである。
したがって、被告がした推計課税はその合理性を欠き違法である。
三 再抗弁
仮に、被告がした推計課税が適法なものであるとしても、原告の事業所得の金額はこれを実額で把握することが可能であり、各年分の収入金額、必要経費の内訳及び事業所得の金額は別表3「事業所得の金額の計算」に記載のとおりである。原告は、いわゆる白色申告者であり、会計帳簿までは備えてはいないが、取引に関して発行し若しくは受領した領収証、請求書等の証憑書類(正本又は控)を整理して保管しており、右収入金額等はすべてこれによって裏付けられるものである。
四 再抗弁に対する認否
原告が収入金額等として主張するものが実額であることは争う。
原告主張の領収証等の証憑書類による実額の立証には次のような問題点がある。
(収入金額について)
(一) 原告は、収入金額を裏付ける資料として、注文主から工事代金を受領した際に発行した領収証の控の存在を挙げるが、昭和五七年分について岩下勝弘から受領した代金四五万二〇〇〇円及び昭和五八年分について新井工業から受領した代金三二万円については右領収証の控がない。
(二) 原告の有限会社山上工務所あて昭和五九年六月一五日付け二三万九五五〇円の書き損じの領収証が存在しているが、その領収証の様式は原告が収入金額を裏付ける資料とする領収証控綴りに綴られているものと異なっており、これからすると、原告は、右控綴りに綴られているものとは異なる様式の領収証も発行している節があり、右領収証控綴りに綴られているものが発行された領収証の全部であるかどうか疑問である。
(三) 原告は、収入金額を裏付ける資料として領収証の控とともに請求書の控の存在を挙げるが、請求綴りは一冊が五〇組となっているのに、そのうち一冊については一〇組が、他の一冊については一二組がそれぞれ吐きされており、この二冊に残された控に対応するもののみが発行された請求書のすべてであるかどうか疑問がある。
(四) 原告は、正規の請求書用紙のほかに、例えば仕切書の用紙を用いて請求をしたことがあり、請求書控綴りにあるもの以外にも収入を得ていることがうかがわれる。
(五) 原告の請求書控綴りに残された痕跡から、原告が昭和五七年六月二六日付けで何人かに対し五万九、五〇〇円の請求をしたことが読みとれるが、これが原告主張の収入金額に含まれていない。
(六) 原告は、工事の注文を受けたときは、注文主から工事総額、現場名、工事内容及び工期等を記載した注文書の交付を受け、保管していることになっているが、原告が施工した工事のなかには右注文書が保管されていないものがある。
(必要経費について)
(一) 原告は、必要経費を裏付ける資料として仕切書、領収書の存在を挙げるが、そのうち高速道路通行料の領収証のなかには仕事以外のことで通行したとみられる分も含まれている。
(二) 外注工賃の領収証にはその金員の受領者の住所地さえ明らかでないものがあり、実際に支払われたものかどうか疑わしい。
(三) 外注工賃の支払明細である仕切書控に記載されている外注先の人工数及び残業時間について、その記載からでは計算根拠が明らかでなく、右仕切書控とこれに係る領収証の各金額にも不一致がみられる。
(四) 外注工賃のなかには原告の自宅の建物を建て直した際に要した人工代も含まれている。
(五) 領収証のなかには果して原告にあてて発行されたものかどうか疑わしいものがあり、発行者の所在さえ明らかでないものもある。
(六) 領収証のなかにはそれに係る費用は本来個人の生活費とされるべきものであって、事業収入を挙げるための費用とはみられないものも含まれており、なかには明らかにほかの年分(昭和五五年)のものも混っている。また、仕切書控だけからでは外注工賃と収入金額との対応関係も不明である。
(七) 必要経費のうち、接待交際費、光熱水道費などについては領収証がないものがあり、支払明細を記録した原告の覚書があるか、それさえないものもある。
第三証拠
本件訴訟記録中の「書証目録」及び「人証等目録」に記載のとおりである。
理由
一 請求原因1ないし3の事実はすべて当事者間に争いがない。
二 そして、本件各更正処分が推計課税の方法によったものであることは被告の自認するところであるから、まず、その要件の存否について検討する。
1 推計課税の必要性について
いずれも成立に争いのない乙第一四ないし第一六号証、証人村山義次の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれは、次の事実(当事者間に争いのないものを含む。)が認められる。
(一) 原告は、青色申告書以外の申告書によって確定申告をした、いわゆる白色申告者であるが、その昭和五六年分、同五七年分及び同五八年分の確定申告書にはいずれの年分についても所得金額のみの記載があるだけで、その算出基礎となる収入金額と必要経費の記載がなかった。そこで、被告は、右収入金額の算出基礎に疑問を抱き、そのうえ、申告所得金額が他の同業者に比して過少であるようにも見受けられ、原告については過去数年間にわたって税務調査を実施していないことも考慮して、原告を調査対象者に選定し、所沢税務署所属の国税調査官・村山義次(村山係官)に対しその事務担当を命じた。
(二) そこで、村山係官は昭和五九年九月一三日午後一時ころ、事前に何の通知もしないで、調査のために原告宅を訪問した。しかし、原告が仕事のため外出中であったので面会できず、この日は、村山係官は、応待に出た原告の妻・タミ子から原告が行っている仕事の内容、使用人の有無及びその員数等を聴き取っただけで辞去した。そして、次には、原告と事前に電話で連絡を取り合ったうえ、同月二一日午前一〇時ころ、再度、原告宅を訪問した。
(三) この日、原告宅には、原告のほか、埼玉土建一般労働組合所沢支部の事務局員である中島計司ほか一人の男性が待機しており、間もなくほかにも男性二人、女性一人が詰めかけてきた。そして、これらの五人は、原告とともに調査の場に同席したので、村山係官は、原告に対し、調査に支障があることを理由にこれらの者を退席させるよう求めたが、原告は、これらの者には原告の方から頼んできてもらっているのであるから退席させることはできないと言い、強くこれを拒絶した。そして、逆に、原告と同席の五人は村山係官に対し、(1)調査に第三者を立ち会わせない理由ないし根拠、(2)税務当局が原告を調査対象者とした理由について説明を求め、村山係官との間で二時間ほどにわたって押問答が繰り返された。村山係官は、右(1)の点については、公務員には職務上知り得た秘密を守秘する義務があり、第三者の立会いを許すと、原告の取引関係者に関する事柄までが第三者に知られてしまうおそれがあること、(2)の点については、主として確定申告書に記載された所得金額の算出根拠が不明なので確認する必要があることをそれぞれ繰り返し説明したが、原告の納得を得ることはできなかった。そこで、村山係官は、このような状態では調査は行えないと判断し、この日は、ひとまず調査には着手しないで、原告宅を辞去した。そのあと、村山係官は、同じ日の午後三時ころ、原告と電話で話し合い、その後も、日を変え、何度か電話で話し合ったが、原告の強い態度に変化は見られなかった。このことから、村山係官は、原告に対し直接資料の提供や説明を求める方法での税務調査を実施しようとしても原告の協力は得られないと判断した。
(四) そこで、被告は原告についての税務調査を、いわゆる反面調査の方法によることとし、原告の取引先について調査を行い、これによって把握された収入金額をもとにして推計の方法で所得金額を算定した。
以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
右事実に原告、被告の各本人尋問の結果によれは、原告は税務当局による税務調査に対しては強い不信感ないし抵抗感を抱いており、村山係官による調査に対する原告の右認定の対応はその表れとみることができる。これからすれば、村山係官が右最終の時点で原告から直接、資料の提供や説明を受けることは困難と判断し、被告が原告に対する直接の調査を断念して推計による所得金額の算定の方法を選択したのは止むを得ない措置であったということができる。したがって、本件各更正処分について被告が推計課税はその必要性を備えているというべきである。
この点について、原告は、昭和五九年九月二一日の調査においては、予め原告において帳簿書類等を準備しておいたのに、村山係官はこれを見ようともしなかったと主張するが、前認定のとおり、原告と村山係官との間には、それより以前に、調査理由の開示や第三者を退去させるべきかどうかを巡って押問答が繰り返され、この点について原告の納得のいく措置がとられない限り、調査事務に着手できる状況でなかったことは前認定のとおりであるから、原告の右主張は理由がない。
次に、原告は、中島計司が原告の記帳補助者であることを前提として、村山係官が中島の退席まで求めたのは調査権の濫用であると主張するが、中島は原告が所属する埼玉土建一般労働組合の事務局員であり、その立場において、原告を含む所属の組合員に対し税務対策、税務申告等の指導をしていたが、原告の事務担当者として事業に関する会計記録の作成、整備等に携わっていたわけでないことは弁論の全趣旨に照らし明らかであるから、いわゆる記帳補助者には該当せず、また、調査の際、原告が村山係官に対し、中島でなければ、原告の事業収入について十分に説明ができないことについて具体的な事情説明をしたことの証拠もないので、村山係官が中島をそのほかの第三者と同一視して退席を求めたことにも一理がないわけではなく、これを目して調査権の濫用ということはできない。
さらに、原告は、被告による反面調査はその必要性なくしてされたと主張するが、その理由のないことは既に説示したところから明らかである。
2 推計課税の合理性について
(一) 原告の昭和五六年分の収入金額について、取引先に対する反面調査の結果、被告がこれを三七八七万五五九六円と認定したことは弁論の全趣旨に照らして明らかである(このうち有限会社山上工務所分について、原告は三七八三万九五九六円ではなく三七七二万二〇九六円であると主張するが、後者には昭和五六年中に役務の提供をし、代金債権が成立しているが支払を受けていない分一五万三五〇〇円が含まれていないことが弁論の全趣旨に照らして明らかであるところ、事業による収入金額としては、これは昭和五六年分に含めるのが相当である。)そして、これに別表2「同業者率」記載の昭和五六年分一三・六六パーセントを乗じ、その金額から原告の妻・タミ子に係る事業専従者控除額四〇万円を差し引くと、被告主張の事業所得金額四七八万五一六九円が算出されることは計算上明らかである。
原告の昭和五七年分の収入金額について、取引先に対する反面調査の結果、被告がこれを四〇九五万七六七〇円と認定したことは弁論の全趣旨に照らして明らかである(このうち有限会社山上工務所分について、原告は四〇四八万五六七〇円ではなく三八九九万〇〇七〇円であると主張するが、原告主張の金額には昭和五七年中に代金債権が成立しているが支払を受けていない分、すなわち同年七月二三日請求分のうち七三万四六〇〇円、同年九月二二日請求分のうち四六万八〇〇〇円と三四万四五〇〇円の計八一万二五〇〇円、同年一〇月二一日請求分のうち五万円、同年一二月二一日から同月二八日までの役務提供分五万二〇〇〇円、合計一六四万九一〇〇円が含まれておらず、逆に昭和五六年分に含まれるべき前記一五万三五〇〇円が含まれていることが弁論の全趣旨により明らかであるところ、事業による収入金額としては、昭和五七年分には前者を含め、後者を含めないのが相当である。)。そして、これに別表2「同業者率」記載の昭和五七年分一五・一五パーセントを乗じ、その金額から原告の妻・タミ子に係る事業専従者控除額四〇万円を差し引くと、被告主張の事業所得金額五八〇万五〇八七万円が算出されることは計算上明らかである。
原告の昭和五八年分の収入金額について、取引先に対する反面調査の結果、被告がこれを四一一八万四七九五円と認定したことは弁論の全趣旨に照らして明らかである(このうち有限会社山上工務所分について、原告は四〇八六万四七九五円ではなく四二二五万三八九五円であると主張するが、原告主張の金額には昭和五八年中に代金債権が成立しているが支払を受けていない同年一〇月二七日請求分一〇万円、同年三月二九日反対債権によって相殺された分一六万円が含まれておらず、逆に、前記のとおり昭和五七年分に含めるべき合計一六四万九一〇〇円が含まれていることが弁論の全趣旨により明らかであるところ、事業による収入金額としては、昭和五八年分には前者を含め、後者を含めないのが相当である。)。そして、これに別表2「同業者率」記載の昭和五八年分一六・〇二パーセントを乗じ、その金額から原告の妻・タミ子に係る事業専従者控除額四〇万円を差し引くと、被告主張の事業所得金額六一九万七八〇四円が算出されることは計算上明らかである。
(二) いずれも成立に争いのない乙第一ないし第一三号証の各一、二並びに弁論の全趣旨によれば、前記のとおり、収入金額から所得金額(事業専従者控除額を差し引く前のもの)を算出するために用いた別表2「同業者率」記載の同業者の平均所得率は次のようにして算出されたものであることが認められる。すなわち、関東信越国税局長は埼玉県内の各税務署長に対し、本件訴訟の資料に供することを明らかにしたうえで、管内の個人事業者であって、昭和五六年分、同五七年分及び同五八年分について次の(1)ないし(5)に該当する者全部を抽出したうえ、その各年分の青色申告決算書記載の収入金額、所得金額(いわゆる青色申告の特典控除前の金額)及び所得率を報告するよう求めたこと。
(1) 前記対象各年分を通じて建築にかかるコンクリート型枠工事業(型枠大工又は仮枠大工)を継続して営んでいた者であること
(2) 所得税青色申告決算書を提出していた者であること
(3) 災害等により、経営状態が異常であると認められる者以外の者であること
(4) 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立てを行って係争している者でないこと
(5) 年間収入金額が次の者であること
昭和五六年分 一八九三万円以上七五七六万円未満
同五七年分 二〇四七万円以上八一九二万円未満
同五八年分 二〇五九万円以上八二三七万円未満
右国税局長の一般通達に対し、浦和税務署長から二人、川口税務署長から一人(ただし、昭和五八年分については該当者なし)、西川口税務署長から二人、熊谷税務署長から二人、越谷税務署長から一人の該当者の報告があったこと、別表2「同業者率」記載の各年分の平均所得率は右報告によってもたらされた右各該当者の所得率を算術平均して算出したものであること、以上のとおり認められる。
右事実によれば、関東信越国税局長が設定した同業者の抽出基準、これに基づいてとった各税務署長による同業者の抽出方法及び被告主張の平均所得率の算出方法にはそれなりの合理性があり、被告が本件各更正処分について採用した推計課税は合理性を備えているということができる。もっとも右推計課税にも、原告の住所地を管轄する所沢税務署長からは該当者の報告がなかったこと、該当者の員数は七人ないし八人であって、必ずしも多いとはいえないこと並びに収入金額、所得金額及び所得率には該当者の間にかなりのばらつきが見られ、最高額と最低額との間の隔たりも少なくないことなどの点で問題の余地がないではなく、推計によって算出された原告の所得金額が実額に近いものかどうかは一概には断定できないところである。しかしながら、所沢税務署長から該当者の報告がないのは、その管内に該当者が居住していない以上止むを得ないことであり、該当者の員数が必ずしも多くないのも埼玉県内にそれ以上の該当者が存しないのであれば止むを得ないことといわなければならない。そのほかの点については、納税者としては、その所得金額を実額で把握することが困難である場合には、自ら進んで税務当局に手持ちの資料を提供し、税務当局においてその納税者の事業の実体に即応した、より現実的、具体的な推計の方法を選択することを可能にする状況を作出することが結局において自らの利益に資することと考えられるが、本件においては、原告は、被告が原告を税務調査の対象者に選定したこと及び調査の席上に第三者を立ち会わせることにこだわって、その機会を逸してしまったことは先に認定の事実から明らかであり、そうだとすれば、ほかに的確な資料を持たない被告の立場からすれば、前述のような推計の方法を選択したのも止むを得ないというほかはない。したがって、以上の問題点は、推計の合理性を失わせるには至らないというべきである。
(三) 被告が本件各更正処分において認定した原告の所得金額は昭和五六年分が三〇〇万二〇〇〇円、同五七年分が二一〇万円、同五八年分が五六三万七六九〇円であり、前記推計によって算出された金額、すなわち昭和五六年分が四七八万五一六九円、同五七年分が五八〇万五〇八七円、同五八年分が六一九万七八〇四円を大きく下回っており、被告の認定が何を根拠としたものかは明らかではないが、いずれにしろ、前者の収入金額はいずれの年分についても後者のそれの限度内にあるのであるから、本件各更正処分は適法であるというべきである。
そして、本件各過少申告加算税賦課決定処分は、国税通則法第六五条(昭和五九年法律第五号による改正前のもの)第一項に基づき本件各更正処分により納付すべき所得税額にそれぞれ一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額を過少申告加算税として賦課決定したものであることは弁論の全趣旨に照らして明らかであるから適法である。
三 そこで、原告の再抗弁について判断する。
元来、推計課税は、税務署長が居住者(納税義務者)に係る所得税について更正又は決定をする場合において、その所得金額を実額で把握することができないため、収集した間接的資料によってこれを推計しようというものであるから(所得税法第一五六条)、いかにその方法が合理的なものであっても、推計によって算出された所得金額と実額との間には何がしかの差異のあることは否定できないところである。そして、所得税は本来的には帳簿書類に基づき実額で把握される納税義務者の所得金額に対して賦課されるのであるから、推計によって算出された所得金額をもとにしてされた更正処分につき後に提起されたその取消訴訟において、原告である納税義務者の所得金額の実額が証拠上明らかになった場合においては、右推計課税の手段・方法に何らの瑕疵が存しない場合においても、推計によって算出された所得金額はその存在意義を失い、更正処分は少なくとも推計による所得金額が実額を超える限度では不適法となり、取消しの原因となると解するのが相当である。そうだとすれば、右訴訟において原告がする立証はその主張の金額が実額であることを裏付けるに十分なものでなければならず、いささかなりとも、これが実額でないことについて合理的に疑いが存する限り、原告の主張は容認されないというべきである。
このような見地に立って本件をみるのに、本件訴訟において原告がした立証からでは原告主張の別表3「事業所得の金額の計算」記載の所得金額を実額と認めるには次のような点に疑問がある。
(一) 原告は各年分の収入金額を領収書の控(いわゆる耳)綴り(甲第五二号証)と請求書の控綴り(甲第五三ないし第五五号証)によって立証しようとするのであるが、これによって事業に関し第三者に対して金員の支払を請求し、第三者からその支払を受けたことをその日付や金額とともにもれなく把握するためには、右金員の支払請求及び受領の都度右控綴りにある控に対応する一定様式のの領収証及び請求書が発行され、その控が組織的、統一的に管理され、保管されていることが不可欠の前提である。しかしながら、原告は前記のとおり昭和五七年分として岩下勝弘から四五万二〇〇円、昭和五八年分として新井工業から三二万円の収入があったことを認めていながら、右領収証控綴り及び請求書綴り中には右各収入に関する領収証及び請求書の控は見当らない。のみならず、今日、何らかの事業を営む場合には、その本来の営業とは別に、銀行その他の金融機関との取引は避けられないはずであり、そうだとすれば、この取引に伴う収入(受取利息)、支出(支払利息、手数料など)が発生するはずであるが、右領収証控綴り及び請求書控綴りからではそのような営業外収入を把握することは不可能である。そうすると、右領収証控綴り及び請求書控綴りからは、原告の収入の主要な部分を把握することはできるにしても、これをもれなく、実額で把握することは本来的に困難なことといわなければならない。
(二) 元来、請求書は第三者に対して金員の支払を請求したときに発行するものであり、領収証は第三者から金員の支払を受けたときに発行するものである。したがって、右請求書及び領収証の控は右請求及び受領の事実を立証する証拠とはなり得るが、右金員受領の事実が直ちに収入発生を意味するものでないことは発生主義を採る企業会計の原則に徴して明らかである。各年分の原告の収入のうち有限会社山上工務所分について、被告が反面調査によって把握した金額と原告主張の金額との間に前述したようなずれがあるのも、収入発生の時点のとらえ方の差異によるものであることは前述したとおりである。そうすると、収入を発生主義の原則に立ってとらえようとする限り、請求書や領収証の控によってその実額を立証することは極めて困難なことである。
(三) 原告は各年分の必要経費を仕切書控(甲第八ないし第九号証、枝番省略)及び領収証(甲第一二ないし第五一号証)によって立証しようとするのであるが、これからでは各年中に支出した費用の総額は把握できるけれども、個々の費用と収入との対応関係が明らかではない。そのため右仕切書控及び領収証のなかにはこれに係る費用が果して収入を挙げるために必要なものであったかどうか疑問のものもある。たとえば、甲第九号証の一六、一七、第一〇号証の三には、原告の自宅である建物に係る人夫手間賃とおぼしきものが含まれているが、これに対応する収入があったことの証拠はないので、右費用は元来原告の私生活上で生じたものであって、所得金額を算出するのに収入金額から差し引くべきものではない。
以上のとおり、原告による所得金額についての実額の立証は十分とはいえす、原告主張の所得金額を実額と認定することは困難である。
四 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 小林敬子 裁判官 佐久間健吉)
別表1
課税処分等経過表
1.昭和五六年分
<省略>
2.昭和五八年分
<省略>
3.昭和五八年分
<省略>
別表2
同業者率
<省略>
別表3
事業所得の金額の計算
<省略>